資本主義を批判するとき、やりだまに挙がるのが「格差」です。
一方で、擁護するものは、「格差」の何が悪い、
努力をした結果ではないかと言います。
また、マルクス主義という名の平等主義は、
ソ連で失敗したではないかとも言います。
そもそも、平等であれというのはヒューマニズムであり、
科学的ではないという批判もあります。
それでは、マルクス自身はどのように考えたのでしょうか。
じつはマルクスもユートピアのような共産主義思想は批判をしていました。
そして、「わたしはマルクス主義ではない」とまで言っていたのです。
実際、「格差があるから資本主義は良くない」というような議論は
彼自身していないので、そう言いたくなるのももっともです。
それでは、かれは資本主義について何を述べたのでしょうか。
それは、「資本主義の矛盾」についてでした。
資本主義の矛盾というのはなんでしょうか。
議論がおおいので選ぶのが難しいのですが、
ここでは二つ挙げておきましょう。
一つ目は、資本主義は利益をあげることを目的としているのに、
投資すればするほど利益が出なくなるという矛盾です。
これはなぜでしょう。
マルクスは、利益がでる秘密は、
労働者に払う賃金以上に働かせるからだと考えました。
ところが、より商品を多く生み出すには、
労働者よりも設備などの機械のほうが、効率がいいです。
そのため、どんどん会社は機械化していきます。
現代でも、二十年後にはAIによって仕事が奪われると言われていますね。
利益というのが労働者からの搾取であるのに、
その労働者そのものがいなくなっては、
利益などは出るはずもありません。
なにより重要なのが、機械が高いということです。
利潤率が、
利益(つまり労働者に余分に働かせた分)÷(人件費+諸々の費用)で出るため、
人件費以外の費用が増えれば増えるほど利潤率が下がるのです。
ゆえに、機械化の進んだ先進国ほど、GDP成長率が低いというわけですね。
二つ目は、社会が求める商品量以上のものを作ってしまうということです。
商品というものは、
売れてはじめて社会に必要だったかどうかわかるという性質を持っています。
売れなければそれは趣味で作ったのと変わらない、
社会にとっていらないものなのです。
資本主義以前は、農民は年貢という社会が求める量を知っていて、
その分を生産して納めていました。
しかしながら、資本主義の社会では、
社会の求める量を知らずしてプライベートに社会の求めるものをつくるという矛盾を抱えているのです。
そのため、過剰生産をしてしまい、恐慌がおきます。
これらのような矛盾がいくつかあり、
資本主義は成長すればするほど、
生産量が上がれば上がるほど、
その矛盾によって維持ができなくなるのだとマルクスは主張したのです。
「格差」のみを批判するとなると、
貧困層が罪を犯すようになるので、
社会的コストが増大することや、
機会の平等が失われて人材のロスにつながるなどの見地もありますが、
これは資本主義そのものへの批判にはなりにくいです。
実際、修正資本主義、または福祉国家と呼ばれるような形で格差を縮める資本主義国が誕生しました。
その結果、中間層は増加し、
日本でも「一億総中流」とよばれる時代が訪れ、
「マルクス主義」は間違っていたと言われるようになったのです。
しかしながら、現代では日本でも格差が拡がってきています。
その解決法として経済成長とそれによる「トリクルダウン」、
つまりお金が貧困層にも行き渡る所得の底上げが目指されたりしています。
ところが、マルクスの理論だと、それは不可能であることになるのです。
わたしたちは、「マルクス主義」ではなく、
「マルクス」が間違っていたのかどうかをきちんと判断する必要があるのではないでしょうか。
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